週末をのんびり過ごす

今週末は愛知に戻って、両親を連れて大阪観光(母が買い物で行きたいところがある)をする予定だったが、実家の近所に住む妹がコロナにかかってしまい、いろいろ心配とのことで大阪遠征は中止になってしまった。

金曜日に急遽予定変更となったので、私はいつものように2日連続でジムに行きトレーニングをして過ごした。

日曜日は、これまた誰もいないオフィスに出社して、平日にこなせなかった仕事をした。(全部終わったわけではないが、キリがないので3,4時間程度でできる範囲でやることにした。)家でも仕事はできるし、家で仕事をすることもあるけれど、オンオフのメリハリをつけるためか、家で仕事をすると週末暇感があるからか、なんとなく会社に出ている。誰もいないオフィスも悪くない。(仕事しやすくするために会社に徒歩で行ける場所に家を借りている。)

 

自己肯定感が高まる生き方が幸せってことで、自分のしていることを自分が肯定していれば、どこで何をしていてもそこそこハッピーなんじゃないかと思うようにした。

コロナが広まってから、本当に色々なことがあったけれど、すでに底は打ったのではないかと思う。苦しいと感じることが多かったけれど、終わってしまえば、大半は忘れるし、ただの思い出だよね。

そういえば、「生きているだけですごいんだぞ!」って良い言葉をもらった。ほんとそう思うし、なんか気持ちも楽になる気がする。

身体を鍛える、コンディションを整える

土日月とジムに3日連続で通って疲れもあるので、今日は家でゆっくり過ごした。

高重量でのトレーニングで筋量も筋力も増している感じだが、同時に身体もますますデカくなってしまっている。

ボディーメイクの観点ではもう少し工夫して全体のシルエットを改善していきたい。

スーツはピチピチになって、何かスポーツをしているのか?と聞かれることがかなり増えている。

毎日を楽しむ

仕事が楽しくないなら、仕事以外の時間を最大限充実(楽しむ)のが良い。

いや、ちょっと違う。

人生は楽しんだ方が良い。(辛いとか、楽しくないとか思っている人生なんて嫌だ。)

これまでは仕事がどん詰まりで楽しくないなら、更に仕事に向き合って乗り越えるのが正しいアプローチだと思っていた。自分の頑張りで乗り越えられると、自己肯定感が上がり楽しいと思えるからね。

そして「気持ち的に逃げているものからは追いかけられる」という感覚もあって、事実、夢に出てくる経験も多数しているから、向かっていって気になることを済ませる方が、結果的に精神衛生上良いのだと思う傾向があった。

今、私は仕事が溜まってしまっている。(溜めているのではなくてキャパを越えているのだ)その処理しないといけない仕事が、日曜日の夜に終わっていなくて気になっているのだ。頭を使うこともあるし、今、この時間にやりたいと思えない。

だから「やらない」という選択肢もあり、迷わず明日すれば良いという考え方もできる。でも平日にその仕事をやっていると平日にしかできないこと(例えば、お客様との商談)をする時間が少なくなって、結果的にパフォーマンスに影響が出る。そして夢に出てくる。

今は、家ではどうもやる気になれない(公私の境界が曖昧になるから)、だから今日は会社に行って、3時間くらい仕事をしてみたが想定ほど進まず全然終わっていない。

これから家で仕事するか迷っている。いや、今日はやらないといけないと思っている。。。でもやりたくない。

 

金曜日

・娘と2人でラーメン食べに出かける(色々と話せた)

土曜日

・おじさんの家にいって、渋柿をたくさん取ってくる

・実家で猪肉と里芋を両親と食べる

ゴールドジムで上半身のトレーニング&タンニング

日曜日

・大阪に移動して、部屋の掃除をする

・干柿を作る(皮を剥いて、消毒して、ベランダに干すところまで)

・午後から会社で3時間ほど仕事

・いつものジムで下半身トレーニン

・月曜日の食事の仕込み

 

 

嬉しかったこと

土曜日の夜に実家に帰って、両親と3人で焼肉をして食べた。

色々な話をしながら、羊肉を1kgと日本酒を4合飲んだ。

父も母も喜んでくれて、顔を出してくれてありがとうという感じだったので、自分も嬉しかった。

77歳と74歳、いつまでも元気でいて欲しいし、これからも親孝行したい。

カッコいいの基準が変わってしまった

筋トレしている人に、

「いったい、何を目指しているのですか?」

は聞いちゃいけない質問NO.1と言われるが、それは核心を突く質問で、多くのトレーニーの心を大きく揺さぶる問いなのだと思う。

私も少し前に、会社の若手社員に同じ問いを投げかけられ、大きく心を揺さぶられた。

その時は、

「ダイエット目的でトレーニングを始めて、今は重いものを持てるようになってきて楽しいから続けている。」

この答えに嘘は無いけれど、トレーニングを始めてから体重は7kgも増えている。

私は体格に恵まれていて身長は188cmある。シュッとすれば、まあまあ同世代ではカッコいい部類に入る人間だったと思っている。(成功体験)

しかし食べることが大好きで、中年になり太りやすくなり肥え続けていた40代は、自分でも残念だなと思うくらいブサイクと化してしまった。

そしてトレーニングを始めてベンチプレスが100kg上がるくらいから痩せたいという気持ちは薄れ、ボディービルダーのYouTubeを見るのが日課となり、カッコよくなりたいと思う瞬間が、ジムの鏡に自分の身体がうつる瞬間となってしまった。

普段の服装は、なかなかサイズが無いのでオーバーサイズ気味(3XL)でピチピチにならないよう意識している。はっきり言ってカッコよくなりたいはずだったのに、私服では何を目指しているのか自分でも分からなくなるような感じだ。

でも、筋肉を落として、シュッとなりたいかといえば、挙上重量を下げたくはない。

体脂肪を落として腹筋を割りたいけれど、数年かけて作ってきた筋肉は一切落としたくない。

やっぱり絞りなんだよなぁ。。。

 

 

結局、すべてココロの問題

3連休中日

昨日は、甥っ子と姪っ子を5時間預かった。

通天閣界隈で串カツを食べさせ、なんばでたこ焼きを食べさせ、商店街をプラプラ歩き回ったが、最後は歩き疲れたのでラウンドワンメダルゲームをして時間をつぶした。

子供のペースに付き合うのは難しいので、子供にこちらのペースに合わせてもらうしか無い。

自分の幼少期、祖父と出かけた時のことを、今ふと思い出した。途中でお菓子を買ってもらったりもしたが、遊んでもらう時はいつも祖父のペースに合わせていたなーと思う。自分のしたいことを言葉にしても、決定権は常に大人の側にあったよな。一緒に相撲の中継を見たり(自分は、興味のない相撲中継を見ながらアイスクリームを買いに行く駄賃がもらえるのを待っていた)

たまの機会なので子供達の要望に100%応えたい気もするし、喜ばせるために何ができるかということも考える。しかしまとまった時間一緒にいると、子供達に対する自分の期待が、言葉の中に投影されることもある。親であれば指導する(叱る)、祖父であれば自分の責任ではない(親の責任)という気持ちで、甘く(優しく)もなる。

特に論理というより、感情の発露が先になり、なぜ自分が今、怒りの感情を覚えたのか、とっさにこういう行動をしたのか、振り返る機会が多くなる。

それもそれで、ただの一瞬のことで、心へのインパクトが一定値以下なら自分も子供も1つ1つの事象については忘れてしまう、はずだ。

 

3連休最終日

今日は、これから出勤して仕事する。行きたくない。やりたくない。

でも家で仕事すると、家も嫌な場所になってしまうから、会社に出る。

疲れている気もするが、仕事関連の気の重さが間違いなく影響していると思う。

昨日のことを書いていても、楽しい気持ちになれなく疲れた感じがするのも、これから仕事をすることが原因だろう。(一瞬、仕事が存在しないことをイメージしてみたら、なんだか疲れた感じも消えた。)

自炊している

平日は自炊することが増えている。

米は300g(2合)を炊いて、タッパー4つに分けて保存(1食あたり炊きあがり重量が200gくらい)している。

1日に4食にしている。

朝は、食パン1枚とコーヒー

昼、夕(4時頃)は、会社で鶏胸肉1枚とそれぞれ前述のご飯

夕食は、家で納豆卵かけご飯+キムチ、みたいな感じ

間食は、バナナとかアーモンドとか豆大福とか。

いわゆるビルダー飯で、ローファットダイエット的な感じにしている。

ただ、反動で週末(金曜夜~)で食べ過ぎてしまう。

鏡を見てチェックしているけれど、なかなか身体は変わらない。

運動強度を上げると、夜中に身体が火照って目が覚めてしまい熟睡できなくなる。

 

筋肉で身体を大きくしたい。

肩とかBig3だけでは大きくなりづらい部分も良くしていきたい。

ローファットで体脂肪を落としたい。カットを出したい。

挙上重量を伸ばしたい。

オンオフのメリハリがつくようにしたい。

食事を変えても集中力高く1日働きたい。

姿勢を良くしたい。(前肩を修正して、胸を張った立ち姿にしたい)