今の自分が一番若い

お盆明けに娘の採用試験があった。

なるべくコロナ感染のリスクを避けたいという娘の意志(=帰ってくるな)を尊重してお盆休みも京都の別宅で一人過ごした。

ほどほどの仕事とジムでのトレーニング、健康的な食事(自炊)と銭湯&サウナの生活の方がペースも決まっていて、もろもろ整う。

お盆休みの前半は、ワクチン接種して安静に過ごし、後半は雨降りだから家でじっとして過ごす1週間以上の夏休み、、、かつてないほど辛かった。休み明けから、少しずつ元の状態に戻り、今ではすでに過去の思い出になっているが。。。

昨日の娘からの報告では、2次面接も上出来だったようで来年から社会人になれるのかなと想像している。

私の子育ては、ある時から「お金を払うだけ」と言っても過言でない状態だが、好きな仕事に打ち込んで来た気もするので、娘もやりたいことがあったらチャレンジすれば良いと思っている。

そう。「今の自分が一番若い。」親としての責任も一段落したら、今以上に自分が楽しいと思うことにどんどん取り組んでみたいと思う。

することなくて家でじっとしている生活なんて1週間でもキツイ。いろんなバランスを取りながら、健康で日々を過ごす。コンフォートゾーンから少しストレッチして前に出ていく感じ。無茶無謀はしないけれど、今の自分が一番若いってことで、これからも、今できること、限られた時間の前提で、心から楽しかったり価値があると思うことに取り組みたいもんだね。

楽しく生きる

几帳面とは思わないが、ちまちまと記録を残したりすることが好きだ。

そして几帳面な女性が好きだ。

 

私には、毎朝確認しているマインドマップがある。これを一通り眺めて魔法の言葉をつぶやいたり、身体を動かしたり、時には瞑想なんかもしてみたりしている。

毎日をより良く生きたいし、先々のことまで考えて今日を生きたいって思っているのだけれど、先日の日曜日に天啓のように閃いたことがある。

最近は、土日のどちらかに必ず羊肉(4~500g)を食べている。自分は数ある食べ物中で、肉が一番好きだ。そして肉の中でも羊肉が一番好きだということに最近気づいた。

羊肉は、赤ワインやビールとの相性、そして米との相性も抜群に良い。マトンもラムも大好きで、羊肉を食べているときは本当に幸せだと感じる。

週末に羊肉を買い出しに行く肉屋(出町柳)では、ニュージランド産の冷凍羊肉を取り扱っている。もちろん冷凍の羊肉も美味しいが、北海道で食べた羊肉と比べれば、やはり北海道の羊肉の方が断然美味しい気がする。(久しく食べていないので、気がする、だ。)

だから、「北海道に住んでみたい。」「北海道に住んで、気の済むまで羊肉を食べる生活がしたい。」と思っている。

単身赴任の生活が続き、会社のお金でいろんな場所に住んだり出張したりもした。今の京都生活もなかなか気に入っている。さむ~い夜に、人のいない御池通をヘッドフォンで音楽を聞きながら歩くのは最高にクールだ。

その前に住んでいた浅草、夜更けにコロナ禍で誰もいない浅草寺から雷門までを歩いたことも忘れないし、西荻窪から井の頭恩賜公園まで神田川沿いに走ったことも忘れない。

面白いところに住んでみたい、美味しいものを食べたい。

あーそんなことを考えていたら、イチボにビナグレッチをたっぷり載せて食べたくなってきた。牛肉やん。。。

リタイアしてからになるかもしれないけれど、どうやって北海道生活を実現させるか、真面目に考えていこうと思う。(マインドマップには書き加えた)

 

 

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マインドマップ

 

ジム通い

日常生活において「筋トレが最強のソリューションだ。」的なフレーズを耳にする機会が増えているのは、自分の意識がそこに向かっているからかもしれないが、運動習慣が生活の質を高めるのは間違いない。

緊急事態宣言、在宅勤務、単身赴任、お店やっていない、行動が制限されることで、時間の使い方が大きく変わった。置かれた状況と自分の目指す方向性をうまく調整できていれば、日々の充実度、振り返った時に満足度も高まる。

 

抽象度の高い話になっているけれど、今日はトレーニングについて書きたい。

ジムに通っている目的、当初はダイエット、今は挙上重量を上げたい、筋肉をつけて格好良い身体になりたい、とトレーニングを継続する方向で意欲は高まり維持されている。

痩せて、見た目が格好良くなったと言われることが増えているので、トレーニングで確実に自己肯定感も高まっている。

 

そんな中、最近考えているのはトレーニングの頻度だ。有料のトレーニングメニューを買って半年近くやり込んでいるが、週4回を1サイクルとした今のメニューを、ここ2ヶ月は週3回ジムに通って実施している。

これを改善したい。週3回にしている理由は、トレーニングメニューが自分には少し強度が高く、週4回で回していくと疲労が蓄積してしまうのが最大の理由だ。3,4月は月に1週ディロードするようなイメージで調整する羽目になっていた。

4種類のメニューのうち一番きつい日☆(スクワットとデッドリフトの日)は、トレーニグの後は何もしたくなくなるくらい身体が追い込まれる。ただトレーニング後の達成感(自己肯定感も高い)ので、儀式的にも大事にしているメニューだ。

仕事の疲労感は、なんだかんだで金曜日がピークになる。木曜日まで上げていって、金曜日は余裕を持って終わりたい感じ。

なので、仕事との兼ね合いを考えると☆は、何かに追われていない週末に持ってきたいのだ。週3回で回していると、☆が平日になり仕事が忙しかったりすると、双方に悪影響が出る。

先週は、土曜日に☆をやったら、日曜日がイマイチになってしまった。

(まだ考えがまとまらないので、今日はここまで)

 

 

<現状 5,6月>

月…銭湯(サウナ)

火…ジム

水…フリー

木…ジム

金…フリー

土…フリー

日…ジム

 

<7月 これから>

 月…銭湯(サウナ)

火…夜ジム(ベンチプレスと背中の日)

水…フリー

木…夜ジム(脚と背中の日)

金…フリー

土…朝ジム(ベンチプレスと背中の日)

日…夜ジム ☆(デッドリフト、スクワットの日)

七夕、雨

今日も天気の良くない1日だった。

先週末から気になることがあり、そのことが解決しないので、頭の中で答えの出ない問いが何度も繰り返されている。

自分でコントロールできないことに、心を乱されて時間を浪費している気がする。

不安とは厄介なものだ。

不安がなくなることを達観というのだろうか?

「苦しさ辛さ」と「楽しさ」は紙一重、表裏一体かもしれない。

「あるもの」を「ないこと」にはなかなかできない。

より良く生きるためには。。。

とここまで書いて、手元の「スキーマ療法入門」が目に入った。

独り暮らしのススメ

京都の繁華街にも人が戻ってきたように感じる。

別宅から錦市場寺町商店街は徒歩5分くらいだ。暇を持て余して家を出れば、東西南北のいずれか方向に歩くことになり、半分以上の確率で人の流れに身を任せて歩くことになる。人が好きなのか?

他の人は、買い物の目的があるから商店街に来るのか?目的がないから商店街に来るのか?

欲しいもの、商店街にはほとんどない。生活必需品はもっと近くで買うか、ネット通販する。

外に出ている理由は「心」由来だ。歩いていれば時間は経過する。何か物珍しいものが見られることもある。お腹はすくし、疲れて部屋に戻って座りたくもなる。

好きな人は10年経ってもやっぱり好きだ。

 

物を落とす。

書きたいと思っていたことが色々と溜まってきたので今日は久しぶりに日記の更新をしようと夕方くらいから考えていたが、一番書きたいことが直近に起こったことになってしまった。

先程、銭湯帰りにフレスコ(スーパー)に寄って自炊用の食材を買って帰ってきた。

その食材を冷蔵庫に入れようとしたときに、手を滑らせて生卵をパックごと落としてしまい冷蔵庫の前の床を汚してしまった(卵を3個も潰してしまった。)

Beatsのヘッドフォンで大音量で音楽を聞きながら、冷蔵庫に卵を入れようとしたとき、狙った場所に納豆が1パック残っていて、納豆パックをそのまま冷蔵庫の奥に押し込むようにして卵を入れようとしたが、想像していたほど納豆パックが奥に入らず、中途半端に棚に収まりきらなかった卵が、納豆に押し戻されて床に落ちたのだ。

ベタベタになった床を、すごくイライラしながら片付けた。

今ここまで文章を書くのにも、普段以上にタイプミスをして何度も入力と変換をやり直している。

なんでこういうことになるんだろうか。。。

散らかしているからだ。。。

自炊をしていると、まな板からフライパンに切ったものを運ぶときによく落とす。フライパンから炒めている野菜を落とすことも多い。お皿に移すときもこぼす。油も必要以上にはねてキッチンを汚しているようにも思う。火加減が良くなかったり、段取りが悪くて食材を焦がす。シンクに洗い物をためてしまって、効率よく片付けられない。。。

よく見ると、机の上は散らかっているし、部屋のなかも片付けができていない。

自分一人だからなんとか成立しているけれど、他人を部屋に入れることなんてとてもできない状況だ。

ここまで書いて、軽く部屋を片付けて、文章を読み直して修正した。
片付けができないけれど、整理整頓されてキレイな環境にしたければ、いらないものをどんどん捨てるしかない。物が減れば多少は片付く。。。

70歳までの人生を考える

珍しく嫁さんから昼間に連絡があった。風呂のシャワーが劣化して水漏れしているのでホースと合わせて蛇口?を一式変えたいという相談。(お金出すのが私なので勝手に進めない。)

愛知にマンションを購入して17年経っているらしい。そのうち10年以上は単身赴任をしてるからか実感がわかない。住宅ローンもたまに繰り上げ返済をしているので、1000万円は切った。

前回と同じ条件で早期退職のご案内がきたとして辞めるとすれば、ローンを完済しても現金はだいぶ残るだろう。実家もあるし誰かが使い込みでもしない限り、普通に暮らしていく分には、この先、お金にものすごく困ることになるとは考えづらい。

もちろん南海トラフ巨大地震が来て津波で家が流されるとか、火事でマンションや実家が全焼するとか、想定外のことでお金に困ることになる可能性は0ではない。想定外のことは、たびたび起こる。

人より、少し早いのか、、、最近、人生の曲がり角?老いていく感じ?若くないという実感??時間の経過の早さ?そういうことを感じたり、考えたりするこがあきらかに増えている。

一応まだ48歳。されど48歳だ。

毎朝のルーチンで、色々と考えていきたいことや、日々の生活においてチェックすることをまとめたマインドマップを眺めている。その中の項目に、「70歳までの人生を考える」というお題がある。

定年?現職?がどこまで続けられるかは分からないけれど、サラリーマンを完全に引退する日は必ずくる。次の仕事につき、それも終わって、、、年金と貯えだけで生活を営む日がくるだろう。

冒頭にも書いたが、想定外が起こらなければ、本当にお金に困ることは考えづらい。ただ細くとも現金収入はあった方が良いという考え方は、そのとおりだと思う。警備員のような立ち仕事というか、退屈(自分にとっては時間の無駄)と感じてしまうような仕事で、老後の時間はつかいたくないとも思っている。

楽しく、健康に、自分の望む生き方がいつまでできるか?

庭で日向ぼっこしかできなくなっても、私はたぶん日向ぼっこを楽しむことができると思う。贅沢はできなくても、日々の暮らしに十分足りていると思えるのではないかとも思う。

娘が成人して来年から社会人になるので、親としての務めも果たしたような気もする。だからかな。

国家を転覆するためのクーデータを起こしたいとか全然思わない。